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国指定史跡・矢太神水源を骨で聴く

南北に伸びた帯状の雨雲からわずかに西に外れた地域だったことで、豪雨の被害を免れた群馬県太田市。
それでも国指定史跡「矢太神水源」に降った雨量は多かったことと思います。

今回は雨音ではなく、この矢太神水源の湧き水の音を骨で聴きます。
本来は高齢者用の骨伝導音声増幅器「きくちゃん」を利用して、集音マイクを史跡の中心部に向け、周囲の音声を骨で聴くことにしました。

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太田市は関東平野にあるため、金山城の南側は起伏の少ない地域です。
市の北西部は大間々扇状地に立地していて、「扇端部」の標高は約60mで、この地点に多くの湧水が見られます。史跡である矢太神水源はその中の一つで、最も豊富な水量を誇っています。

地味な位置にあります。観光ガイドのサイトには掲載されていますが、わざわざ訪れる人は少ないような場所です。
湧水点から南側に向けて、東西15m、南北80mの矢太神沼が広がっています。

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ここが史跡になっているの荘園開発に関係してるからです。
矢太神水源は利根川に流れ込む石田川の源流です。重殿水源(一級河川大川の源流)とならんで、新田荘の発展に不可欠だった水源だったことから、国史跡にも指定されています。大間々扇状地の南端に位置していることから、地下水脈が荘園の開発に利用されていたようです。

仁安3年(1168)の「新田義重置文」(長楽寺文書)では、新田荘が開発された様子を記されているといわれます。ここに「上江田・下江田・田中・小角・出塚・粕川・多古宇(高尾)」などの郷名が書かれ、すべて石田川水系に立地していることから、新田荘の開発に石田川の水が利用されたことが分かるといいます。

ちなみに周辺には縄文時代の集落跡も発見されていて、古くからこの貴重な水源が活用されていたことが想像されます。
そして今でも地下水の自噴現象が見られ、ここには「ニホンカワモズク」という、貴重な紅藻類が生息しているのも特徴です。この紅藻類は、かつてこの地が海であった時代に陸に閉じ込められたもので、次第に環境に適応してきたと考えられています。

関東平野の片隅にあり、荘園開発に貢献した湧水史跡を骨で聴きます。
静寂を消し去るのは虫の声で、水の自噴については音が届きませんでした。ただ、この貴重な史跡に立ち、耳だけでなく骨からも周囲の音を聴いていると、虫の声もノイズではなく逆に静寂を物語る演出のように感じます。

こんな感じで骨伝導とともに旅をしたことを「骨で聴く異世界(goo)」で2006年から続けてきました。これからはここでも掲載していく予定です。
 

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